「あっ、お母さん。イーノックカウが見えて来たよ」
馬車が街道の長い上り坂を馬車が登りきって丘の頂上まで辿り着くと、目の前が一気に開けてイーノックカウの街が見えてきたんだ。
「ここまで来たら、街までもう少しね」
「ああ。準備はしてきたが、結局何事もなく着きそうだな」
僕たちがいる丘はね、あんまり木が生えてないから街道がイーノックカウの街から丸見えなんだよ。
だからこの丘の上まで来ちゃったら、もう野盗に襲われる事は絶対にないんだって。
「まぁ、これまでに何度も村と街を往復しているけど、野盗に襲われたのは前回が初めてだからな。これが当たり前なのかもしれないが」
「この間捕まえた野盗の報奨金、思ったより多くもらえたから、どうせならまた出てきてほしかたわよね」
もう絶対に安全なとこまで来たからなのか、お父さんとお母さんは笑いながらそんなお話をしてたんだよ。
でね、その間に馬車は丘の下り坂を降りきって、イーノックカウの西門の近くまで来たんだ。
「わぁ、いっぱい人が並んでるね」
「いつもはこんなに並んでないのに、何でだろう? お祭りでもあるのかなぁ?」
そしたらさ、門の前に人がいっぱい並んでたもんだから、キャリーナ姉ちゃんは今日はお祭りなのかな? って。
でもね、そんなお姉ちゃんにお母さんはなんでこんなに人が並んでるのかを教えてくれたんだ。
「違うわよキャリーナ。これは私たちがいつもよりも早い時間についたから、イーノックカウに来たほかの村の人たちと時間と重なってしまったからだと思うわよ」
「速く来たの? でも、お家を出たの、いつもと同じくらいだったよ」
お母さんが言うには、門のところに人がいっぱい並んでるのはいつもより早い時間だから、近くの村から来てる人たちとおんなじ時間になっちゃったからみたいなんだ。
だけどキャリーナ姉ちゃんの言う通り、僕たちはいつもとおんなじ時間に村を出たでしょ?
だから何で早く着いたんだろうって、キャリーナ姉ちゃんは頭をこてんって倒したんだよ。
「それは、この馬車のおかげよ」
「そうだな。この馬車は荷台が魔法で浮いているから、たとえ家族全員が乗っていたとしてもとても軽いんだ。その上、ルディーンが作ったべありんぐだったか? あれのおかげで車輪がスムーズに回るようになったから馬への負担が減って、休憩を殆どとらずに済んだのも早く着いた理由だぞ」
グランリルの村からイーノックカウまで来るまでにはね、高い山は一個も無いけど丘を何個か超えないとダメなんだ。
だから乗ってる僕たちや売りに行く荷物のせいで、いつもの馬車だと引っ張ってる馬に何度かお休みの時間をあげないといけないんだよ。
でもこの馬車は魔法で荷台が浮いてるし、輪っかも普通のより軽く回るからあんまりお休みをあげなくっても良かったんだってさ。
「でもでも、こないだもこの馬車で来たよ? なのにこんなに並んでなかったもはなんで?」
「馬鹿だなぁ。この間は途中で野盗が出ただろう? ルディーンが寝かせたおかげであっという間に片付いたが、それでも全員を縛るのに結構時間がかかったからな。結果、いつもと同じくらいの時間に着いたと言う訳だ」
そう言えばこないだ襲ってきたおじさんたち、僕が魔法で眠らせちゃったからぼこぼこにされずに済んだけど、途中で起きちゃったら困るからってみんなで縛ってからフロートボードの魔法でイーノックカウまで運んだんだっけ。
お父さんはね、そのせいで遅れたから、いつもとおんなじくらいの時間に着いたんだよって教えてくれたんだ。
「そっか。だから今日はいつもより早く着いたんだね」
「ああ。でも、そのおかげでこの行列だからなぁ。次からは少し出るのを遅らせないとダメかもしれないなぁ」
僕たちの馬車は西門に入るための行列の一番後ろに並んだんだけど、その前にはすっごくいっぱい人や馬車が並んでたんだよね。
いつも来る時だって行列はできてるけど、それでもこの半分よりちょっと少ないくらいだもん。
だったらさ、早く着く分、いつもより遅い時間に出た方が並ばなくてもいいよねってお父さんは言うんだ。
「この行列に並んでもいつもより早く街に入れるでしょうけど、長い時間並ぶのは疲れるものね」
「それにもし何かがあったら、入れるまでの時間がさらに伸びるからなぁ」」
イーノックカウに入ろうと思ったら、入口のとこで兵士さんたちに一人一人調べられるでしょ?
その時にもし悪もんが混ざってたら、その人を捕まえるまでの間、門は閉まっちゃうんだよね。
それに何にもなかったとしても入る時にはお金を払わないとダメだから、人がいっぱい並んでるとすっごく時間がかかっちゃうんだよ。
「おっ、やっと俺たちの番か」
それからしばらくしたらね、やっと僕たちの番が来たんだよ。
「グランリルの村からですか。それでは全員分の身分証明ができるものを提示してください。ああ、冒険者カードですね」
だからいつものように兵士さんがこう言ったんだけど、
「おや? 居住権をお持ちの方がいるのですね? それもこの小さいお子さんがお持ちという事は、もしかして、家族全員の登録がこの街へ来た理由ですか?」
僕のギルドカードを見た兵士さんは、お父さんにこう聞いてきたんだ。
「ええ。冒険者ギルドから、家族全員で登録に来るようにと連絡を受けまして」
「なるほど。だから知らなかったのですね」
兵士さんはね、その後に僕たちがすっごくびっくりする事を教えてくれたんだ。
「長時間並んでいただいたようですが、居住権をお持ちの方は列に並ぶ必要はないんですよ」
「えっ? 並ばなくてもいいとは、どういう事でしょう?」
「この列は入街料の徴収を行うためというのもありますが、どちらかというと不審者をイーノックカウに入れないための検問というのが主な目的なのです」
さっきお父さんが言ってたけど、列に悪もんが混ざってたら街に入らないように捕まえないとダメでしょ?
だから兵士さんはイーノックカウに来た人を一人一人調べてるんだけど、この街に住んでる人はその心配ないから並ばなくっていいんだって。
「それに入街料の支払いもありませんから列に並ぶのではなく、直接この門まで来て身分証を提示してもらえればそのまま入る事ができるんですよ」
「そうだったんですね」
この説明に、お父さんはがっくり。
そりゃあそうだよね。
だって荷台でおしゃべりしてた僕たちと違って、御者台にいたお父さんは行列に並んでる間、前が進むたびにちょっとずつ馬車を進めてたんだもん。
でもそれが実はやらなくても良かったんだって知ったお父さんは、
「そういう事はギルドからの手紙に書いておいてくれよ」
そう言ってすっごくしょんぼりしちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
よそから訪れる人ならともかく、住んでる人は帰ってくるたびに大行列をならばさせられたら大変ですよね。
ただ、長い間並んでいたにもかかわらず、誰一人門の所に直接言った人がいないというのに疑問を持った方もいるでしょう。
ですがこれには理由がありまして、イーノックカウに住む人々はそもそも、殆ど街の外に出る事が無いからなんですよ。
街の外というのは現代と違って、とても危険なんですよね。
なので街に住む権利を持った人たちは、その生活すべてを街の中だけで完結させてしまいます。
では商人はどうなのかという話になるのですが、小商いしかできないような弱小はやはり街の中で仕入れも販売も完結させてしまいますし、大店になると今度は前に司祭様とルディーン君が使った特別な門に向かいます。
なのでカールフェルト家が列に並んでいる間、誰一人門に直接向かわなかったと言う訳です。